類語辞典:「女装・男の娘」に関する呼び方について
女装(じょそう)
男性が女性用の衣服や化粧を纏う行為。古くは演劇や儀式の役割であったが、現代では個人の趣味や自己表現、性自認に基づく活動まで幅広く指す。
インターネットの普及により、かつての「隠れた趣味」から、メイク技術を駆使して美しさを競う「クリエイティブな表現ジャンル」へと変貌。SNSでは「女装男子」が人気を博すなどカジュアル化が進んでいる。一方で、その背景にはファッション、変身願望、性自認、性的指向など多様な動機が混在しており、一括りにできない奥深さを持つ。現在は「自分らしさ」を追求する手段の一つとして、サブカルチャーの枠を超えて再定義され続けている。
女装男子(じょそうだんし)
「女装」をよりカジュアルかつポジティブに捉え直した呼称。主にSNSやメディア等で使用され、自身の男性としてのアイデンティティを保持しつつ、女性的な装いを楽しむ層を指す。
2010年代以降、X(旧Twitter)やInstagram等の普及に伴い、自撮り写真を公開する「ポートレート文化」として急成長した。従来の「女装」という言葉が持つ、どこか隠微で専門的な響きに対し、あえて「男子」と付けることで、変身のギャップをエンターテインメントとして消費する、明るくファッション性の高いニュアンスが強調されている。
最大の特徴は、可愛らしさを追求しながらも、あくまで「男性が努力して美しくなっている」というプロセス自体に価値を置く点にある。そのため、美容男子やコスプレイヤーとの親和性も高く、性自認の枠を超え、高度なメイク技術やスタイル維持を称賛するファン層を獲得している。現代のネット文化において、一つの独立した人気ジャンルとして確立された言葉である。
CJD(コスプレ女装男子)
「コスプレ(C)女装(J)男子(D)」の略称。2000年代のネット掲示板や、黎明期の個人サイト界隈で主に使われていた言葉である。現在は「男の娘」や「女装男子」といった言葉に取って代わられた、いわゆるインターネット死語の一つ。
当時の文脈では、単に女装するだけでなく「アニメやゲームの女性キャラクターになりきる(コスプレ)」という目的が強く、イベントや撮影を活動の主軸とする層を指していた。現代の女装文化が「日常的な可愛さ」や「自分自身の美」を追求する方向へシフトしているのに対し、CJDはあくまで「キャラクターへの変身」という文脈が濃いのが特徴である。
SNSが普及する前の、少しアングラで職人気質なコミュニティの色を強く残しており、当時は自称として誇りを持って使われていた。言葉は消えつつあるが、現在の「女装コスプレイヤー」の先駆けであり、今日の隆盛へと続く道を切り拓いた、記念碑的な用語と言える。
女装子(じょそこ)
2000年代のインターネット掲示板や専門コミュニティで定着した、女装を趣味とする男性を指す自称・他称である。 アニメ的な可愛さを記号化した「男の娘」という言葉が普及する以前からの主力用語であり、現代でもより趣味性の深いクローズドな界隈や、伝統的な女装サロン等で根強く愛用されている。
単に女性の服を着るだけでなく、メイクや立ち居振る舞いを研究し、理想の女性像を追求する「趣味人」としての連帯感が強い言葉である。コミュニティ内では、女装後の完成した姿を「A面(After)」、日常の男性姿を「B面(Before)」と呼び分け、世間一般の性別規範を逆転させた独自の美学を共有している。また、女装をしない一般男性を「純男(すみお)」と呼び、交流や関係性において明確に区別する文化を持つ。
SNS時代のカジュアルな「女装男子」とは一線を画す、伝統的かつ情熱的な愛好家たちのアイデンティティを象徴する呼称といえる。
A面・B面(えーめん・びーめん)
女装界隈において、女装時と日常時の姿を使い分ける際に用いられる専門用語(隠語)。 一般社会の感覚では「男性としての姿」を主(表)と捉えがちだが、本界隈ではその価値観を逆転させ、「After(アフター/女装後)」をA面、「Before(ビフォア/女装前)」をB面と定義しているのが最大の特徴である。
- A面(After): メイクや衣装を完璧に整えた「完成後」の姿。当事者にとっては、こちらこそが披露したい「表(メイン)」の自分であり、理想の美しさを体現した状態を指す。
- B面(Before): 女装をする前の「日常・男性」の姿。あくまでA面に至る前の「準備段階」や「仮の姿」というニュアンスを含んで語られることが多い。
この呼称には、カセットテープの裏表のような単なる切り替え以上の意味があり、**「女装している時間こそが、自分にとっての主役(A面)である」**という当事者の強い誇りと、変身に対する美学が込められている。ネット上のコミュニティでは「今日はA面でオフ会参加」「B面の写真は非公開」といった形で、日常と非日常を鮮明に区別するコードとして機能している。
男の娘(おとこのこ)
2000年代半ば、二次元の「女の子にしか見えない女装キャラクター」を指す新しい萌え属性(カテゴリー)として誕生した言葉。 当初はファンによる他称としての側面が強かったが、専門誌の創刊やSNSの普及といった商業・文化的な広がりの中で、三次元の女装者も「可愛い自分」を表現するポジティブな自認(アイデンティティ)として使用するようになった。現在では「女装」という言葉よりもファッション性や美意識を強調する言葉として、サブカルチャーの枠を超えて定着している。
偽娘(ウェイニャン)
中国のネットスラングで、日本の「男の娘」に相当する言葉。漢字の通り「偽(にせ)の娘(女の子)」を意味する。2010年頃から中国のオーディション番組やSNSで女装男子が注目された際に定着した。
日本の「男の娘」がどこか二次元的・中性的な可愛さを想起させるのに対し、偽娘は「一見して女性にしか見えない驚き(パス度の高さ)」や「女性を装う技術」に力点が置かれる傾向がある。また、中国のアングラ・成人向け界隈では、より即物的に「女装した男性」を指すカテゴリー名として広く使われており、SNSのハッシュタグ(#偽娘)では、過激な自撮りや性的コンテンツが大量に共有されるなど、非常に生命力の強いワードとなっている。
ニューハーフ
1980年代初頭、サザンオールスターズの桑田佳祐氏と当時の人気ショーパブ「ベティのマヨネーズ」のベティ氏との会話から生まれたとされる日本独自の造語。主に男性として生まれ、女性の容姿で芸能活動や接客業(ショーパブ、クラブ等)に従事する人々を指す。
「男(ハーフ)」でも「女(ハーフ)」でもない、あるいは両方の魅力を併せ持つ「新しい(ニュー)存在」というポジティブな華やかさが込められており、テレビメディアを通じて一般的にも広く浸透した。
現代のネット文化や当事者の間では、アイデンティティとしての「トランスジェンダー」や、趣味としての「女装子」とは一線を画し、「プロフェッショナルとして女性美を売りにする人々」というニュアンスで使い分けられることが多い。一方で、英語圏の「shemale」同様、人権意識の高まりとともに「当事者をステレオタイプに当てはめる言葉」として、公的な場や若年層の間では慎重に扱われる傾向にある。
トランス(女装者)
「トランスジェンダー(性自認が女性)」と「女装(趣味としての表現)」の間に広がる、グラデーションのような状態を指す言葉。SNSのプロフィールなどで、自身の立ち位置を穏やかに表現するために用いられることが多い。
この言葉には「単なる趣味の範疇を超えて、より自分らしい女性性を大切にしたい」という願いと、「現在の生活環境や社会的な立場も尊重したい」という現実的なバランスの双方が込められている。 「どちらか一方に決めつける」のではなく、内面的な女性への移行(トランス)と、表現としての女装を並記することで、自分自身の複雑なあり方をそのまま肯定しようとする、誠実な自認の形といえる。他者に対しても、自身の繊細な状況を「含み」を持って伝えることができる、現代のネット社会における緩やかな緩衝材のような役割を果たしている。
AG(オートガイネフィリア)
「自己女性化愛好」と訳される、内面的な心理的性質の一つ。他者に対してではなく、「女性としての自分自身」に愛着を感じたり、女性化した自分の姿を見て幸福感や充足感を得たりする状態を指す。
かつては学術的な文脈で語られる硬い言葉だったが、現代の女装界隈では「なぜ自分は女装をするのか」という問いに対する、一つの自己分析のキーワードとして用いられる。これは決して特殊なことではなく、メイクで美しくなった自分を見て心が浮き立つような、「変身願望」や「理想の自己像への追求」の延長線上にあるものと捉えられている。
「誰かのために装う」のではなく、「自分自身の美しさや、本来あるべき自分らしい姿」に深く向き合うための指標であり、自身の情熱の源泉を理解し、肯定するための大切な概念の一つとなっている。
Femboy(フェムボーイ)
「Feminine」と「Boy」を掛け合わせた英語圏のネットスラング。女性的な外見やファッションを好む男性を指す。
現代のSNS文化では、ジェンダーの境界を超えた自由な自己表現(アイデンティティ)としてポジティブに自称されることが多い。一方で、歴史的には「女々しい男」という蔑称としての側面を持ち、現在もトランスジェンダー女性への誤用や差別的な文脈で使われることがある。
また、性的・フェティッシュな界隈においては、「男としてのプライドを損なう呼称」という侮辱的なニュアンスを含めて楽しまれるケースもあり、消費される文脈によって「憧れのアイコン」から「性的搾取の対象」まで、その意味合いは極めて多義的である。
shemale(シーメール)
女性的な外見(豊胸手術やホルモン治療を含む)を持ちながら、男性器を保持している状態を指す英語圏の俗語。主にポルノ業界や成人向けコンテンツのカテゴリー名として普及した。
ネット文化においては、日本の「男の娘」のような精神性やファッション性よりも、「肉体的な倒錯性」に焦点を当てた即物的な響きが強い。そのため、当事者が自称する場合を除き、トランスジェンダー女性に対する「物神化(モノ扱い)」や「性的搾取」の文脈を含む差別的で侮辱的な呼称とみなされるのが現代の国際的なスタンダードである。
かつてはネット上の掲示板等で安易に使われていたが、現在はアイデンティティを尊重する「Trans woman」や、性的要素を排除した「Femboy」等との使い分けが厳格に求められる。消費される側と呼ぶ側のパワーバランスが色濃く反映された、極めて取扱注意な用語といえる。
Tomboy(トムボーイ)
伝統的には、男性的な服装を好み、活発で「男の子っぽい」振る舞いをする女の子を指す言葉。日本語の「お転婆(おてんば)」や「ボーイッシュな女性」に該当する。 かつては「女の子らしくない」という蔑称として使われた歴史もあるが、現代では「型にはまらない自由な女性像」や「クールな個性」として、非常にポジティブなアイデンティティとして定着している。
近年、SNSや女装コミュニティにおいては、「男性(女装者・Femboy)」がTomboyを自称するという、極めて多層的な現象が見られる。これは主に以下の文脈で語られる。
- ファッションスタイルとしての呼称: 「女装(女の子としての表現)」をしている状態において、フリフリの服ではなく、ショートヘアやパーカーなどの「ボーイッシュな女の子の格好」を好むスタイル。
- アイデンティティの複雑化: 「男が女の格好をし、さらにその上で男の子っぽさを演出する」という、逆転に次ぐ逆転が生む特有のキャラクター性を指す。
- ミーム・自虐的なユーモア: 「中身が100%男なのだから、自分が一番完璧なTomboy(男らしい女の子)になれるはずだ」という、インターネット特有の皮肉やジョークを交えたスタンス。

